夢見るオヤジの休憩所

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阪神大震災 25年前の出来事

あれから25年がたったんですね。

ちょうど働きだした年の冬でした。朝方、グラグラと揺れて、「あれ、地震だ、けっこう揺れてる」と思った。住んでいたところは、愛知県の西よりだったので、確か震度3くらいだったかと思う。

まあ、もう少し寝れるかと思い、それから1,2時間眠った。

朝7時くらいにテレビ見ながら朝飯でもたべようと思いテレビをつけた。

 

「なんじゃこれ!」

 

画面には完全に傾いた阪神高速の高架が映っていた。

「えらいことになってる。」

 

アナウンサーが、大きな地震があったことを伝えている。

あまりの衝撃的な画像で、画面から目を離すことができなかった。

一台の車が今にも高架から落ちそうになっている。

 

とりあえず、両親に電話して安否を確認した。幸いなことに、両親が住んでいた場所は震源から離れていたので大きな被害はないと。それでも、家の中はかなりものが散乱していると。

 

どういう状況になっているの、もっとテレビを見ていたかったが、会社に行かないといけない。当時は、スマホなんかはないので、通勤途中で状況を確認するなどといった方法もない。

 

会社につき、先輩たちと一緒にテレビを囲んだ。時間が経つにつれ、被害がどんどん大きくなっていく。

会社から、両親にもう一度電話を掛けたら、もうその時点から電話がつながらなくなった。

 

その日は、通常業務どころではない。できるだけ被害状況を確認したいが、電話がつながらない。なんとか出勤してきた大阪支社の社員と、ようやく連絡が取れた。鉄道も相当混乱していたようだ。でも、全ての社員の安否は確認できていないようだった。

 

テレビでは神戸の火災の様子を映していた。状況は更に悪化しているようだった。

 

1日、2日、3日と日を重ねるごとに、テレビや新聞の報道で、犠牲者の人数が増えていく。

 

そんな中でも仕事はしていかなければいけなかった。業務への影響もかなり出ることがわかってきた。結局、被災をしていない自分たちは、自分たちのことだけを考えて、どう対策を打つとか、リカバリープランをどうするとか、そんなことをやっていた。

いま思えば、もっと被災された方に何かできたのではとも思う。

 

あの阪神大震災から25年がたった。更に2004年に北信越地震、2011年に東日本大震災、2016年には熊本地震といった大きな地震が起こり、たくさんの方が被災した。

首都直下地震や、南海トラフ地震など、30年の間に必ず起こると言われている。

 

地震の発生は止められない、でも、自分自身でできる備えはやっておかないといけないと過去の震災が教えてくれている。